あたし、絶対治してみせるっ!

不安症からのパニック障害歴11年。とうとう非定型うつまで出てきて、もうこんなのにうんざりっ(ToT) こうなったら絶対に絶対に治すんだ!それも完治めざして‼ 泣きそうな日もあるけど、頑張ろう!

不安くん②


不安で不安で何にも手がつかなくて、ただじっとしてるしかない時ってありますか。誰しも大なり小なりきっとあるよね。
不安に押しつぶれそうで、誰かに何とかしてほしいと思っても、大人になるとあまりそういう訳にはいかない。相手の負担とか考えちゃうと、申し訳ないし、自分の弱さをさらけ出すのも恥ずかしかったりするし。


以前は私へはそういうとき、その不安を観察して何に対して不安かを見つけるようにしてたの。
例えば「もう治らないのかな。もっと悪くなって近所にも知られて、他の症状まで出てきたらどうしよう。」って思ってたら、「いや、以前よりは少しずつよくなってきている。周囲の人にしても、そんなに他人のことに関心ないだろう。パニックは単に脳の神経伝達が上手くいってないだけで、次々ほかの病気を誘発する訳じゃない。」とか、子どもが暗くなっても帰ってこなくて、「誘拐されたのかも!もう2度と会えなくなったらどうしよう。」と思ったら「いやいや、この時間ならまだ遊んでるだけだろう。だいたい誘拐なんてこの地区で起きたこともないし、うちの子はターゲットになる要素もないし。」という風に冷静に客観的に見て、不安がる必要のない根拠を見つける感じ。


これはこれで、一定の効果はあったと思う。落ち着けたし、不安の暴走まで発展しにくくなった実感もあるし。


ただ、こういう理由のある不安じゃなくて、なんの心配要素もないのに、勝手に起きてくる漠然とした不安感には、対処できないんだよね。
そういう時に、昨日お話しした心の中の感情をイメージするあの方法が良かった。


私の中に黄色の幸せちゃんとか、緑のイッシーとか紫の不安くんがいる。
で、自分の心の中でそれぞれがどのくらいの大きさで浮かんでるかを考えるの。
どんな大きさで、それは心のなかの何%くらい?って。


そうやって考えてみたとき、私の心のなかの半分は家族と過ごす温かい幸せちゃんがいた。他にも頑張ろうとする風船みたいのや、小さな呑気もいて、もちろん紫の不安くんも、どす黒い怒りんぼもいたけれど、でもそれは私の心の大半を占めてた訳じゃなかった。自分でもびっくり。
不安でつぶれそうに感じてたのは、私が自分の心の不安にばかり焦点を当ててたから。ちょっと高いところから見てみれば、辛いと思ってるこの状況でも、ちゃんとポジティブな感情も私の中にちゃんといるんだ!


この事に気づいたのは本当に自分にとって大きな収穫だったのね。
心のキャラたちは日によって大きさが変わるけど、でもひとつのものに支配されることってきっとない。そして何を見るか決めるのも私なんだもん。
心をそっとチェックしたとき、「幸せちゃんいるね、不安くんいるね」とただ確認して、必要以上にいじらずに置いておく。
とりあえず、この方法で最近は不安くんとまたまた折り合いをつけられてる感じなのです。









不安くん

最近、天気悪いですね。

私はこういう曇り空が苦手です。暴風雨とかよりも、このどんより暗い重い空は嫌だなあ。

でもマインドフルネスの効果?

今年の梅雨は意外と気分が沈むことが少ないんだよね。

以前は天気予報で曇りと聞くと気分が落ちるんじゃないかってびくついてたんだけど、今年は天気予報でビビってない嬉しい自分がいるのです。


といって明日来たりしてね(笑)


不安感って前日まで絶好調で、大した心配事がなくても突然来る。

心にもやーんとした、それこそ重たい曇り空みたいなのが胸の真ん中に居座って、息苦しいし、居たたまれない気持ちで逃げ出したい。

もうやだ、消したーい!

と思っても消えない不安感。


でも、ちょっとうまくやっていく方法を学んで、それ以来不安を受け入れられる?ようになってきた気がする。


自分の心の中に色んな感情があるよね。それを色や形で想像するの。

私の場合、子どもとギュッしたときの、幸せ感は柔らか~い大きな黄色のスポンジ、名前は幸せちゃん。そうそうニックネームもつけた方がいいらしい。

頑張って治したいって思う意思は四角い小さい緑の塊、イッシーかな。時々衝動的に現れる怒りは黒くて重たい岩みたいな形、名前なしといった感じで。


で、不安は?

不安はうす紫色の雲のような煙のようなモヤモヤで、大きくなったり小さくなったり、濃くなったりしながら、私の心のなかに浮いてる、と思ったの。で、不安くんと命名。

不安くんはどんな様子なんだろう、と想像したとき、不安くんは落ち着きなく怯えたかおで、誰かにすがりたそうな感じにおもえたのね。


その時、自分でも不思議なんだけど、不安くんを可哀想だなって思っちゃって、心の中の不安くんに向かって「そうだよね、不安ってやだよね。大丈夫だよ。そこにそのままいていいよ。」っていう気持ちが起きたのよね。これがマインドフルネスの感情はそのままにして置いておくってことなのかな。

とにかく、得たいの知れない漠然とした不安感が沸いたときには、こうやって不安くんを想像して、「うん、いてもいいよ。で、私は私のするべきことをするね」と心に置いとくことにしてみてるの。


うまく言えないんだけど、この考え方をすることで、不安は消えないんだけど、飲み込まれにくくなってきた気がする。


マイナスの感情もプラスの感情も、全部含めて私ってできてるんだもんなあ。そうなんだよなあ。




はじまり⑤

久しぶりに、はじまりシリーズの続きを。


初めてかかった心療内科さんの薬を飲んで一ヶ月もしたらすっかり、あの嫌な恐怖感や不安感、動悸は起こらなくなってた。
私は風邪が治ったのに風邪薬なんている?っていう考えだったから、こんなに落ち着いたなら、すぐ薬を止められるだろうとおもってたのよね。
でも、実際心療の先生は、症状が治まっても飲んでください、ばかり。しびれを切らした私は、とうとう勝手に減薬を開始してしまった。
だけどなぜかその時はうまくいって、減薬しても何ともなかったの。


そのころ、ダンナの仕事は不規則で転勤が多い職場で、転職を考えてたんだよね。そこに私のこの症状のこともあって、思いきって転職してそれまでいた九州から、東海地方の実家に同居することにした。


実家といっても私の実家で、私はすごく安心してた。両親は私のことを心配してるし、きっと子育てやいろんなことに相談に乗ってもらえるだろうと思ってたし。


でも、十何年ぶりの親との同居はそんなにすんなりって感じじゃなかった。
ゆっくりしろ、というわりにせっかちな父は「これはまだか、あれはしないのか。」と言って、部屋のレイアウトや家具も「お前はセンスがない、分かってない」と意見をゴリ押ししてくる。
そうだった、父とはずっとこんな感じだったなあ。もう丸くなったと思っていたのが甘かった。
そうやって、スタートした実家生活の2か月後に2度目の大きな発作がやって来た。